生き方モデル

試練の意味

 日本は、東日本大震災や原発事故、そして昨今の観測史上初といわれる異常気象、集中豪雨など未曽有の試練を受けることが増えている。被害に遭われた多くの皆様に謹んでお見舞い申し上げるとともに被災地の皆様が穏やかな日常を取り戻せるよう一日も早い復興を願いたいと思う。

 さて、このような試練を私たちはどう考えればいいのだろうか?大事なことはそこから何らかの気づきを得ることだ。たとえ自分たちが被災しなかったにしてもある意味で試練は訓練なのであり、そこにはちゃんと意味がある。災害は、今まで日本全体が進んでいた的外れな方向から的を射た方向に転換させるための試練・訓練だという意味である。
 このように書くと誤解する人もいるが、被災した人々が的外れなのではなく、日本全体が的外れだったための試練・訓練だという意味である(過去に的はずれな政治家が的はずれな発言をして物議をかもしたことは記憶に新しい)。つまり、目先の豊かさや私利私欲を追求するがゆえに、天の願いから外れて歩んできた私たち、わが国全体に対する警告だととらえる必要がある。被災地は私たちの代わりに被災したのだ。これが分からないと気づきも方向転換もなく同じ試練が繰り返される。学ぶべきことにはいろいろあるが例えば下記のようなことである。

 

①人間が長い間、自分たちの目先の利益を追求したため反対に貧困を招いたこと。
 (自己中心は貧困)
②自然と共生あるいは自然の摂理に沿って生き、豊かさを取り戻す必要があること。
 (共存共栄は豊か)
 要するに、今の日本、国全体としても地域社会においても、大企業でも中小企業でも、大きな部署であっても小さな部署であっても、たった3人のチームであっても、豊かさの本質を知る必要がある。そのためには犠牲になった被災地(被災者)について復興や冥福を祈りながら、自らの的外れに気づき、それぞれが各々の使命や役割を果たしていくことが必要なのである。そしてまた、今の日本のあらゆる分野においてそのような正しい方向に導いていけるリーダーが最も必要とされている時代だということである。