生き方モデル

使命の考え方

 ずいぶん秋らしくなってきましたね。我が家の庭でもコオロギの鳴き声が目立つようになりました。ずいぶん放置していた庭なのでこれから少し整えていこうと思います。そして、ハーブや野菜を育ててみようかと思案中です。
 さて今日は、使命についてのお話です。

■間違った使命の捉え方

一般的な使命の定義には次のようなものがあります。
・ワクワクすることが使命
・好きなことが使命
・得意なことが使命
・才能があるので使命

 正しい面もありますが、これだけで使命の本質を判断すると的外れになりやすいです。

 例えば次のようなケースがあります。

・ギャンブルをするとワクワクするので、ギャンブルが使命?それはありません。世の中を永続的に良い方向に変革する要素が欠落しています。
・マラソンが好きで、どんなに苦しくても頑張れるからマラソン選手になることが使命?好きで頑張れるから使命ということはありません。これも世の中を永続的に良い方向に変革する要素が希薄です。
・法律が好きだから弁護士になることが使命?使命の可能性はあるものの法律が好きだから使命とはなりません。人を助けたいという気持ちが強ければ弁護士が使命かもしれません。
・料理が得意だから料理人になることが使命?料理が得意だからという理由だけで使命とはいえません。料理が得意な人が皆料理人になったら困ります。
・文才があるので作家になるのが使命?才能があるから使命ということはありません。才能より、役割や性格を優先することが大切です。

 そもそも基本的に使命の一番の本質は天とともに歩むことであり、何か1つの職業に就くことが使命ということではありません。様々な経験をして最終的な使命に進む人もいますが、その過程の全てが使命といえます。

 使命の方向に進むには、次の視点が大切です。

1.世の中を永続的に良い方向に変革する要素があるか?

2.過去の経験から方向性が導かれているか?

3.与えられた役割に合致しているか?

4.資質(性格)に合致しているか?

5.才能があるか?

 この順番は大事です。使命を理解する基本として才能より資質(性格)が大事であり、それよりももっと役割が大事です。ぞして、使命とは仕事であり、社会貢献であり、楽しみ(遊び)なのです。自分しかできないことをするという視点が役立つこともあります。

 心を病むと自分の使命がわからなくなってしまいますが、それは上記のような考え方に混乱が生じ、「自分は病気なんだ」という考えが中心を占めるようになってしまうからです。

 しかし、たとえ長い間病気に苦しんでいても、自分の使命にたどり着けた人は、その後順調に回復していきます。

 今後一人でも多くの人が使命に導かれていきますようにと、いつも願っています。