生き方モデル

人の生き方における宗教化と世俗化

 宗教化と世俗化はこの世の貧困の最大の原因であり、人間が自己中心の思いに堕ちる時に頻繁に見られる現象である。例えば日常的な現象としてみただけでも、家族のために仕事を頑張る思いが、いつの間にか、仕事のために家族を犠牲にしていくなどのケースは、宗教化と同じパターンの混乱が元である。また、自己実現への傾倒や拝金主義や快楽主義、虚無主義的な生き方などは世俗化の代表である。

 社会全体を見ても、テロの頻発に代表されるようにそれが極端な形で社会全体を支配し始めていることは明らかである。(フランス大統領が「これは宗教主義と世俗主義の戦いだ」とが発言するのを聞いていて、わたしは先日述べた中世の混乱は現代にまで影響を及ぼしていることを再認識せざるを得なかった。そのどちらもが自己中心であることに双方が気づいていない。)
 いずれにしても古代人は純粋な信仰とはなにかを知っており、それにそって生きていた。そのことは、そもそも自分たちは、自然のままで霊的な存在であることを知っていたし、そのように生きてそれが成功(充実した豊かな人生)だということを理解していた。この概念に沿って共同体がある時、そこには繁栄があるということは繰り返し述べてきたとおりである。そしてそこに、純粋な信仰の「偽物」としての宗教が登場したことが最大の混乱のもとなのである。

 宗教とは純粋な信仰とは違い、実際には天(神)抜きで、自分の力で神の国(天国のような環境)を実現しようとすること、つまり、宗教は信仰によく似た偽物であり、人類の混乱の産物なのである。信仰が宗教にすり替えられると、神という言葉は使われていたとしても、神不在で、行事・儀式・教え・知識・掟やルールだけが先行し、形式化していく。宗教は人を神(成功)から引き離すために作った最も大きな砦であり、いわば罠である。
 こういう話をすると、例えば宗教に所属している本人も、自分は全く宗教的になっていないと確信しているし、周りの人も、その人の言動が純粋な信仰的な生き方からきているのか、宗教的になっているのか分かりにくいところに、宗教の怖さがある。そういう意味で宗教はとても巧妙に作られた偽物だと言える。このようなことは社会の中で日常的に見受けられるもので、全ての人が宗教化の影響を受けているといって良い。
 なぜなら既存の三大宗教はもちろんのこと、成功法則系、自己啓発系、スピリチュアル系、潜在意識系、祈祷師系、金運神社仏閣系、身に着けるタイプのお守り系などあらゆる偽物が存在しているからである。すべて宗教化という悪影響である。みなさんも一時的にどれかにハマったことがあるのではないかと思う。逆にそれをうさん臭く感じ宗教嫌いな人も多いがそれ自体正しい感覚であるけれども、その場合、逆に世俗化しきってしまいがちになることにも注意が必要である。したがって、中心(ど真ん中)が正しいポジションである。世俗化している人から見れば、宗教化している人は、危険な人であり、宗教化している人から見たら世俗化している人は危険な人である。実際には、どちらも危険な状態で、どちらもバランスを崩しているのであり、成功はバランスの中にある。