精神医療

自己愛のリセット(修復)

 ここで、自己愛のリセットとは「本来の姿に戻る」ことを意味する。

 自己愛(ナルシシズム)という言葉の起源は、 1895年にハヴロック・エリスが自己没頭タイプの患者を報告する際にナルキッソスの物語を引用したのが始まりとされる。その文脈からか、フロイトは自己発達理論において「自己愛」は未熟で不健全なものであり、病的なものにすぎないとしていた。しかし、ハインツ・コフート(Heinz Kohut、オーストリア出身の精神科医、精神分析学者。精神分析的自己心理学の提唱者)は未熟な自己愛から健康な自己愛への成長を主張。人間は「健全で正常な自己愛」を持ち続けて生涯にわたり成長してゆくとした。コフートは「自己愛」を健全なものとして肯定し、自己愛は、人を動機付ける重要なファクターであり、自己愛のあり方は人の生き方に影響を持っているとした。要するにフロイトやコフートは自己愛を2つの別の側面から語ったのである。
 以前に私は、人間は堕ちた天使と表現したが、人間は、健全な自己愛を見失い、間違った自己愛を持つことにより堕ちたのだと考えている。
 コフート派の精神療法では患者の自己愛の修復に間主観的アプローチが主流であるが、間主観性とは何か?それは「世界の意味了解は、近代的・合理的・普遍的な認識主体としての個人の主観においてなされるのでなく、超越論的な場における他者と共同体の構成という、複数の主観の共同化による高次の主観においてなされる。臨床心理学においても、サリヴァンの与しながらの観察に見られるように、クライエントとカウンセラーとの間の共生的二者関係の基礎概念となるもの」とされている。
 この「超越論的な場における他者と共同体の構成という、複数の主観の共同化による高次の主観」というのがミソで、要するに単に人と他者の関係だけでなく、より大きな超越的視点を招き入れることによる、意味としての主観の再構成を重視しているのである。
 このことは、学術用語を並べてことさら難しく表現せずとも、「天(神)の視点からみた共存共栄の中の自分に気づく」という表現によりシンプルに言い換えることが出来るものである。実際に下記②のような自己愛しか知らなかった人でも、自分の自己意識の外側にメタファーとしての天(神)の視点を招き入れることで、①に変化していく。
 それは少しづつの変化である場合もあれば、気づいた途端に変化するかのような場合もある。あたかも「スイッチが入る」「目覚める」「眼からウロコが落ちる」かのように。これは健全になろうと努力するようなことではなく、単に一瞬で本来の姿に戻り始めるということを意味するものである。このようなアウェアネスによる自己愛のリセットのプロセスは、その多くが長期間に及ぶ精神療法やカウンセリングに比べ、はるかに本質的でありかつ人間にとってより自然なものと考えている。
健全な自己愛(共存共栄)
 天に愛されていることに気づいているので自分を愛し、他人も愛せる。自分に与えられている価値と意味を知り、人生の目的・使命に気づいているのでそれを大切にし、それにそった生き方をし、豊かさへと導かれる。
不健全な自己愛(自己中心)
 自分自身の欲求を優先し、自分の考えや他人の評価に執着し、欲求(空虚さ)を埋めるため、名誉、お金、悪いプライド(自信の偽物)、他者の承認を目的とするなど、自分の願望を満たすことによって幸福を得ようとし、最終的には貧困を招く。