
私はよく患者さんから「先生も大変ですね、いつもたくさんの患者さんを診て、ストレスではないですか?」と聞かれますが、基本的に私にとってそれは天職だと感じられ、楽しいし、それが好きですし、そこから学ぶことも多いし、面白いし、それが幸せなのです。なので、たとえ自分が年老いて爺さんになっても、上の写真の自転車で、患者さんの家々を往診して回るのが夢です。
さて多くの人々はストレスの多い緊張した状態で、社会の中で生活をしています。そういう意味で現代は混乱の時代と言ってもいいほどで、みんな多かれ少なかれ神経をいらだたせたり、不安を募らせたり、未解決の争いや衝突を恐れながら生きています。
このような中で私たちはどう生きれば良いのでしょうか?
それは次の4つに集約されます
1、自分が何者かを知る事
2、自分が生まれながらに持っている役割と責任に気づくこと
3、人生で一番大切なものは何かについての現代の混乱から抜け出すこと
4、試練の意味を知り、そこから学ぶこと
上記のことに関連し、今後、人間の健康にとって大切だということが再認識されていくのは「霊的に健康な状態」というテーマだろうと思っています。それが上の4つに作用しているからです。
よく誤解されるのが、それを宗教的な事と捉える人が多いことです。しかし、じつは宗教はもともと人間にとっての自然な存在のあり方である「天と共に生きる」ということが、純粋で自然な姿から変質し、儀式化、組織化、硬直化、自己中心化した、いわば偽物です。
前述のように、「私が自分の仕事を天職だと感じる」のは、宗教ではなく自然なことなのです。
逆に、自分は無宗教で、天とか神とかそんなものは胡散臭いと思っている多くの人が、広義に宗教化した考えに染まっています。
たとえば、
①知らず知らずに何かの考えや信条、または流行の価値観を信じ込んでしまって自分の人生の目的が「自分がしたいこと」になっていたり・・・
②「人間は○○しなければならない」とか「△△はこうすべき」などの思考が染み込んで、意識するしないに関わらず、自分自身や、あるいは周りの誰かをコントロールしよう(縛ろう)としたりしてみたり・・・
③何かしら特定の物や事に夢中になり、それが絶対だなどと狭い考えに陥ったり、他人の意見に耳を貸さなくなったり(自己中心)・・・
他にもここで書ききれないほど多くのこれらの状態が、いわば人の精神が宗教化(自分教という宗教化)している状態なのです。
むしろ、このブログで言う天を信頼し天と共に生きるとは、お気楽で、楽観的で、何にも縛られない、自由な自分のあり方をいいます。そして他人のこともコントロールせず、縛らず、押し付けず、そこにあるのは自分と天との「つながり」を信頼し、それを自然に感じながら、そこにある気づきを大切に生きていくことをいいます。
そして、この世のいろんな出来事にも「ま、いいか」とお気楽に受け止めて、自分らしく、素直に、自由にのびのびと生きていくことなのです。
人間は宗教化した自分の考えや行動から抜け出し、この状態に戻れば、ことさら頑張らなくても、何かに導かれるように、その人らしい充実した人生に進んでいくことができるようになります。天を信頼するとは、自分も他者も自由にすることなのです。
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