生き方モデル

人を赦すということ

 多くの患者さんは、それまでの人生の中で様々な形で傷つけられたり、不当に扱われたり、無視されたり、裏切られたりした体験を持っています。
 怒り、悲しみ、裏切り、これらが再び起こるのではないかと不安や恐れを持っています。そしてそれに対して不満を言ったり、罰したいと思ったり、問題の相手を打ち負かしたいとか,せめて何とかして変えたいと思ったりします。

 今これを読んでいるこの瞬間にもそのような思いの方もいらっしゃるかもしれません。少なくとも多かれ少なかれ人間は誰しも過去にこのような体験をするものです。さて、どうすればいいのでしょうか?

 忘れたと思ってもささいなきっかけで、当時と変わらないような心の痛みや感情や反発がよみがえってくるでしょう。通常、これらの痛みや傷から自分自身を守ろうとするのは、一見、自然の本能のようにも思えます。

 そして赦すという行為はまるで自分自身を守ることとは逆のことのように見える人も多いです。赦す事は私たちにとって、人生の損失をわざわざ迎え入れる言葉のような気がするのでしょう。

 それ故、逆に、赦さないことの方が良いことと考えてしまいます。赦してしまったら自分が自分じゃなくなるような錯覚にもおそわれます。

 しかし、それが大きな混乱、間違いなのです。それが本当に良いことであるならば、私たちの心は平安に向かうはずなのです。しかし答えはノーです。一時的にそう思えたとしても、長い目で見れば赦さないことが逆に心の中に不安、不満、恨み、冷たさを引き起こしていくのです。

 ではどうすれば良いのでしょう。赦せない他者を赦すという難しいことができるには次のことがポイントです。

1、まだ私は赦せていない、私は赦したくない人が、心のどこかにいるということを正直に素直に認め、気づくこと。

2、自分が赦しを必要としたときのことを思い出してみる。自分が愚かで、わがままで、投げやりで、他人を傷つけてしまったときの事です。

3、自分が他者との関係の中で実際に赦されたこと、あるいは今ここでいろんな状況にあって赦されていることに気づくことです。

 人間は自分が赦されて存在していることに気づけたとき、人を赦せるようになっていきます。そして、他人を赦すことによって、自分という存在自体も赦せるようになっていきます。そうなってはじめて、このブログでいう真の自由と自然体がわかるようになっていくのです。

 そして、そのことによって「真の回復」へと導かれていきます。