生き方モデル

的はずれな生き方

 現代人は多くのストレスを抱えながら、なんとか自分を保ち折れずに働いているという人が多い。しかし、これらの人はストレスへの考え方・見方を変えられたり(試練は自分の成長のための訓練だと気づく)、自分の本来の能力や役割に気づいてそれに立ち戻ったり(つまり仕事への取り組み方を変えたり)、人に助けを求められたり、自分の責任以外の余計なこと(本当はしなくてもよいこと)を手放したりするだけで、自然に切り抜けられることも多い。

 しかしながら、一見真面目で仕事も良く出来て、ストレスなんてなさそうに見える人が突然折れる(急に休んでしまう。極端な場合、急に犯罪を起こしてしまう)。警察官、役所の職員、教員など、まじめに勤務してきた人が、突然、人が変わったように窃盗などを働くことがあるのはよくあるパターンである。このような場合、その人の生き方において、仕事の選択や働き方が大きく的外れになっている場合がある。

的はずれな生き方とは、

 自分に与えられた人生の目的に沿っていない生き方、本来の使命から外れた生き方をしている、もっと言えば、自分に対する「天(神)の願い」を知らず、自分に与えられた自然のままのセルフ・イメージから遠ざかり(自分の存在そのものに感謝できない、他人と比べたり別の自分になろうとする等)、それに気づけなくなっている生き方のことである。

 もともと人間には一人ひとり違った資質(性格)、違った才能(能力)、役割が生まれたときから与えられていて、それにそって生きていけば、それだけでその人の人生は成功に導かれるように出来ている(こう言うと生まれつきの障害はどうなんだと言う人もいるが、それはこの世が不完全だから生じたことでその人のせいではないし誰のせいでもない。また、たとえそういう人でもこの世がきちんとその人に寄り添い、助け、共に生かされる世の中にしていけば、その人が死ぬ時に生まれてきてよかった、みんなに会えて良かったといえる人生を送ってもらうことも可能になる。つまり共存共栄で創る豊かさが真の成功なのであって、それは障害があるとかないとかには無関係のことだ)。

 いずれにせよ、「的はずれな生き方」は豊かさから遠ざかる貧困を招く生き方である。貧困とはお金や財産というだけでなく、才能・能力、知恵、人間関係、環境、使命(自分の外側を永続的に良い方向に変革すること)、自分自身を磨くこと(自分の内側を良い方向に永続的に変革すること)など、結果としてすべてのことが乏しくなっていくことを言う。
 逆に豊かさとは、何も頑張らなくても、何も欲張らなくても、これらすべてがだんだん増していくことである。そのような生き方のために必要なことは、今すでに自分に与えられていることに気づくことからスタートしてみることだ。自分が生かされていることに気づくことと言い換えても良い(例えそれが住居として三畳一間のアパートしか与えられていないことであれ、病気になってしまったにしてもなんとか生かされていること etc)。そして次に、そのことをありがたいと喜んで生きてみることだ。良いときも悪いときもいつも喜んで生きてみる。感謝すると言い換えてみても良い。そうすれば次にあなたには「知恵」が与えられることに気づけるだろう。
追記 日本人には「感謝はしているが、喜んでいない」状態の人が多いように思います。「感謝は形にしなければならない」などという思考や慣習に縛られてしまうからでしょうか?これらも儀礼化、形式化で人を縛ってきた宗教の影響が大きいと思います。