生き方モデル

自分の本質を知る

 前回の投稿では人は奴隷のように生きてしまっていることが多いと書きました。ではどのように生きればいいのでしょうか?そのイメージは意外とシンプルです。それはどんなものでしょう?

 たとえば、『小公女』というバーネット作の児童文学(1888年)があります。

 裕福な家の娘セーラはイギリスの寄宿舎学校で学んでいましたが、父死亡の連絡が入ります。そのとたん薄暗い屋根裏部屋においやられ、召使いとして働かされるのです。

 ところがセーラは下働きをしながらも淑女としての気品を失いません。なぜでしょう。

 彼女はまわりの人たちの態度が変わっても、自分が何者であるか、何のために生まれてきたか、自分の本質は変わらないと知っていたからです。

 私たちは本質的に奴隷ではなく、自分らしく生きる王や王女なのです。

 周囲の人間はそれを知らないから、あなたを下っ端の家来のように扱い失礼千万をするかもしれません。

 ですが、そんなことは何も気にしなくていいのです。

 あなたは王の子らしく、自由に楽しくのびのびと振舞い、生きていけばいいのです。

 しかし、もちろん声高に主張しません。

 思慮深く、慈悲深く、声を荒げず、自信に満ちて、他者に寛容さを持ち、相手の無礼な態度にもいちいち反応しません。むしろ、どんな時にも悲観せず、自然体です。

 そうやって生きていると、しだいにまわりはあなたが誰だか気がつき、あなたへの態度が変わってくるでしょう。それは自然に起きることです。

 ただし、「私の家は裕福でもなくセーラのような生まれではありません」と言いたくなる人もいるでしょう。いいえ、お金の有無や社会的地位が高いか低いかは関係ありません。どんな境遇で育ったのかもまったく関係ないのです。

 そんな世俗的なことが人間の本質を決めているのではないのです。そのことに気づく必要があります。

 すべてはあなたのマインド・セットが、「今」、どうなっているのかだけなのです。