
オープン・ダイアログとはフィンランドで開発、発展させられた精神疾患へのネットワークアプローチで、背景にはおそらくオートポイエシス理論、システム論的家族療法やリフレクティング・プロセス等などの影響もみられ、まだエビデンスと言えるほどではないが、経験値として優れた治療成績とともにその治療姿勢・哲学が、従来の精神医学的モデルに対して強力なインパクトを与え、マスコミでも取り上げられるようになってきている。わかりやすく言うと問題の解決を目指すのではなく、対話そのものを主人公とし、対話を広げることに集中することを基本にすると言ってもよい。
これは統合失調症の急性症状の治療にはまず薬物療法だとしてきた旧来型の精神医療に強烈なメッセージとなるだろうとされており、今後、サービスとして確立されたオープンダイアログ・ミーティングが病院の中でも地域の中でも患者の家でもアパートでも必要に応じて実施できるように、精神医療の構造やマンパワーを含めた診療報酬制度の改革が必要ではないかとも考えられる。昨年から、われわれの始めた地域のメンタルヘルス・ソリューション活動においても導入を検討してみたい可能性を持っている。
私はオープン・ダイアログの対話の特徴を、開放性・応答性・再帰性・調律性と簡略的にとらえて考える時、ミーティング・チームの「開いたコミュニケーションの産出」と、その産出を通して「システムの境界」が形成され続けるというオートポイエティック・システムにより、システムとしての存続と自律性が保たれつつ固有の機能を持つことで、患者の自我・自己意識になんらかの修復機能を持つのではないかとも思えるのである。
その時の何らかの機能とは何なのか?これもまた私の個人的仮説であるが、いわゆる作動を通じて閉じているがゆえに開いていられる自律的システムという体験が、①「自我境界の安定化と修復」とともにもう一方では、少々、大げさに言うと、②「愛と共存感覚への調律機能」を果たすということなのではないかと思う。少なくともそのような機能がうまく創出されるミーティングになったとき、劇的な効果が実際に起きているのではないだろうかと思う。愛という言葉、オープンダイアローグの主導者、ヤーコ・セイックラ教授たちも述べていたように思う。愛に違和感があれば例えば基本的信頼に置き換えてもよい。
いずれにしても、そういう仮説を採用してもよいという条件でならば、私にとっても今後の発展を楽しみに見守っていきたいムーヴメントである。
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