
認知行動療法(Cognitive behavioral therapy: CBT)は、従来の行動に焦点をあてた行動療法から、アルバート・エリスの論理療法やアーロン・ベックの認知療法の登場によって、思考など認知に焦点をあてることで発展してきた心理療法の技法の総称である。現在、巷では大流行し、保険適応となるまでに認められてきているがその限界も当初から指摘され、第一世代、第二世代、第三世代と様々な手法の改良が見られる。詳細は省くが第三世代といわれる代表格であるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)について見てみよう。
わかりやすく一言で説明するならば「不安と格闘することを止め(自由になり)、人生の価値にコミットしましょう」という技法である。旧来の認知行動療法に比べ確かに良くなっているし、これまで述べてきた「自然体」を取り戻し、自意識(自己)の文脈を転換(脱フュージョン)させ、価値づけられた行動へと向けて前に進むのに有益な手法だと考えている。
それは、これまで述べてきた言語獲得で人間に生じた「意味的」痛みにたいしてそれなりに有益な心理的解決を提示できてはいると思うし、実際に私も精神療法やコーチングに取り入れてはいる。
しかしながら、実際に使ってみると、これにも限界があることがわかる。問題となるのは「価値へのコミット」についてである。ACT ではアクセプタンスに加え、クライエント自身の価値を明確にし、それに沿って生活を送る(コミットする)ための支援が不可欠となっている。具体的には、価値が、入学や就職、結婚といったゴールではないことや、楽しい感情になるものばかりではなく、ときに痛みを伴うものであること、また具体的な「成果」ではなく「過程」であることなどが説明され、いろんな領域を例示してクライアント自身の価値を記述するように求められる。
しかしながら、価値の多様化の時代だと言われて久しく、要するに、情報過多で多様すぎて、どの方向に前進していいか、そもそもの生き方において混乱している人が多いのである。極端な場合は、それまでの人生における意味と価値が体験としてまったくわからない、だからこれからの未来についてもわからないという人も大勢いる。
したがって、まず、過去の人生経験(良いことにも悪いことにも)における意味と価値に気づいてもらうアプローチ「すべてのことには意味と価値がある」という気づきを得るワークを通して人生の方向性を考えていく必要があった。例えば「病気になって仕事を失った」という体験にはどんな意味と価値があるのだろうかということである。
そして、最終的に私は、コミットするのにもっとも重要なテーマを、自己中心的に「どうすべきか?」「どうしたいか?」ではなく、「自分が生まれてきた目的(=使命)」に気づき、それにそって「どう生きるか?」ということに置くことにより、先に述べた、自分が病気になったという経験も含めた全人的な生き方へのコミットメントが、一見、過去を見直してみるなど遠回りでめんどくさい探索や理解の仕方のように見えても、実は最もダイレクトに、その人の豊かな人生につながるヒントに到達する可能性を持っているということを提案するようになったのである。
ただし、これにもコツがあって、「それを見つけようと考えるというより、すでにある(あった)ことを知ろう(気づこう)」という感覚である。気づけばある時、一瞬でわかる。因果論的にではなく意味論的に、なぜあの経験が自分に起きたのか。気づきとはそういうものなのであろう。
過去は変えられないが、自分が生まれてきた意味と価値を知る宝庫である。それに気づく時、あたかも生まれる前から用意されていたかのように感じるだろう。複雑だけど表面的だった意味が、シンプルだけど深い意味に変わるときでもある。
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