
心的外傷いわゆるトラウマを引きずってしまい、人生を前に進めることが出来なくなってしまっている人は多く、またその影響は個人の心理的な側面だけでなく、社会的、文化的、政治的その他あらゆる領域に影響が見られる。そして、その癒し方についても精神医学や心理学に限らず多くの領域に多種多様な方法や言説があふれている。
しかしながら、「生き方モデル」の視点でいえば、トラウマを癒そうと無理したり頑張ったり、あるいは逆に回避的に生活したり虚無主義に構えて生きたりしてみても、結局は人生の自由と豊かさから遠ざかることになる。心理学的にいえば忘れようと抑圧しようが解離しようが侵入症状として苦しむことになる。もちろんそれらに対してより良い養生の仕方は多様に存在するが、慢性化や再燃の呪縛からはなかなか逃れられない。
精神医学は長い間、心的外傷を無視してきた。フロイトやジャネの時代に気づきはあったが一度忘れ去られた。しかし、ジュディス・L・ハーマンによって表舞台に再登場し、種々の論争の末、診断基準に組み入れられ現在に至っている。しかしながら、当事者(つまり心的外傷論で言えば被害者)たちの苦悩の解決に多様な試みが提案されてきたけれど、実際のところ当事者側であれ援助者側であれ、未だ有効な手段を見い出せないでいるように思う。
それは何故なのか?
それは、心的外傷にはいわゆる「スピリチュアル・ペイン」を伴うからである(「私の人生は何だったのか?」「生きている意味はあるのか?」と思い詰める苦しさであり「魂の痛み」とも訳される)。つまり、その痛みへのソリューションを精神医学や心理学は提供できていないのである。
過去においてもそして今でも、明らかにトラウマ・サバイバーとしての症状群を持つ患者さんが、他の病院の治療を受け、向精神薬を山ほど処方され、そのような魂の痛みに何のケアも提供されず私たちの病院に紹介されてくるのを見るにつけ、私の問題意識は深まるばかりであった。
このことは、私が、既存の精神医学や心理学はまだ本物になり得ていないと思う一つの理由でもあり、また、Holing & Natural Mind という生き方モデルを提案していこうとする動機の一つでもある。
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