生き方モデル

霊的人間性について

 霊的などと表現すると何やら神秘的であるけど、しかもちょっと怪しくて胡散臭い感じがしてしまうので表現が難しい。実際私もこの言葉を説明する時、いつもそう感じてしまう。

 しかし、わたしたち人間に霊長類という表現も正式に使われる。英国の動物学者デズモンド・モリスはこう説明する。「人間は動物である。私たちは自分のことを堕(お)ちた天使と考えたがるが、実は舞い上がった猿なのである」。言い得て妙であるが、どちらかというと私は言語を持つということが、猿がいくら舞い上がっても出来ないので、堕ちた天使と考えたいのである。そして、堕ちるにはそれなりの理由(歴史的、文化的、社会的、心理的)があって、堕ちもせず、しかも舞い上がりも出ず、ちゃんと人間らしく自由で豊かな人生を送るための道があると思っている。
 東海テレビが作った「人生フルーツ」という映画があって、その中に少しだけ私たちの病院のことが出てくるが、そう、「人生がフルーツのように豊かに実る生き方(人生)」のことである。そして新しい精神医療の展開を考える時、このような視点を抜きには考え得ないと考えている。つまり、精神医学や精神医療が偽物に「堕ちてしまう」原因は、この視点がないことから生じているということである。
 このブログは、その視点からいかにして本物へとの改革を進めていけるか?を考えて書いているが、まだ始まったばかりである。もしよろしければ応援していただければと思う。