生き方モデル

成長するということ

 人生上のいろいろ出来事や環境が、その人の生き方に与える影響は、いろいろな場合がありますが、多くの人は経験を積みながらその出来事の意味や価値に気づきながら成長していきます。いわゆる人として磨かれていく、大人になるプロセスです。
 一方で、知らず知らずに自己中心的な落とし穴に落ち、成長できない心の部分を持ってしまうと、子供のままで未成熟な悪い面(純粋で素直という良い面でない)がなかなか抜けずに大人になってしまうことがあります。それはどんな表れ方をするのでしょうか。

子供のままの悪い面

■隠れてやる

 未熟な子供は隠れてやることが好きです。「報告しない」「連絡しない」「相談しない」から始まり、次のステップは「内緒でやる」に発展していき、それは「隠れてやる」という意味です。どこかで辻褄が合わなくなるので「嘘」も含まれていきます。「隠れてやる」は「嘘をつく」と同じレベルのことなのです。

■お山の大将になりたがる

 子供は、お山の大将になりたがります。何でも一番が良いからと、周りを見渡して一番になることを目指したり一番を目指すことが良いことだと思います。一番になるのは嬉しいことですが一時的な喜びを得るために、苦労を重ねることになります。一番を狙おうとしていると相手を打ち負かすことが強さの基準になってしまったり、人と比べる癖ががつきやすく、自己中心的な考え方に傾倒しやすいです。

■信用がない

 子供に欠けているものの一つは信用です。信用は積み上げ築き上げていくものだからです。「仕事とは信用をお金にしていくもの」といって良いので仕事では信用は極めて大切です。良い意味で自由奔放は良いですが基本的なことができないと信用は壊れていきます。

■人をコントロールする

 子供は人をコントロールすることが日常です。子供が、お菓子を食べたいのに食べられない時、泣き叫んだりするのは、感情をコントロールできないこともありますが、むしろ親をコントロールしようとするからです。泣き叫ぶと、親が振り向いてくれ、お菓子を貰えるからです。泣き叫んでいても、お菓子を貰うと一瞬で笑顔になったりします。一方反対に静かでおとなしく見えても、相手の前で意見を隠して沈黙する、モジモジした態度を取り相手の行動を催促して待つなども立派なコントロールの一種です。

■感謝しない(感謝できない)

 子供のうちは感謝できるまでに成熟していません。大人になっても成熟できていないと感謝の念も薄くなり、感謝の心がないのは自己中心マインドの典型です。与えることを考えず、受け取ることばかりを考えるため、自分への恵みを権利と間違えることにもなります。恵みとは本来与えられる資格のあるなしにかかわらず幸いにも一方的に与えられる「良いもの」です。恵みを自分の権利と主張することで問題が発生します。正しいマインド・セットをもっている人(成熟した大人)は与えること(いかに与えるか)から考えますが、自己中心な人は受けること(いかに貰えるか)ばかりを考えます。

■謝らない(謝れない)

 子供は、未熟なので、なかなか謝ることができません。言い訳が多くなったり誰かのせいにして自分の責任ではないことを主張します。謝ることが自分の価値を低くすることだと思ったり謝らないことが自分を守ることだと勘違いします。まず、謝ってから関係を修復しなければいけない時も謝らないで、知らなかったことにしたり、相手の責任にするので関係を修復するどころか関係を悪化させることになります。

■都合の良いように記憶を書き換える

 子供は自分の都合の良いように記憶を書き換えていることがあります。3分前まで「今日は遊園地に行きたい」と言っていたのに突然「今日はショッピングモールに行きたい」「ずっとショッピングモールに行きたいと言っていたでしょ」と言い出したりします。置き換わる記憶は、いつも自分の都合の良い方向に変わります。

■独自ルールを作る

 子供は、慣習や常識を無視し、または指示されたことを無視して自分の独自ルールを作りがちです。例えば「ぜったい、お母さんたちは、ここから先に入ってはダメダメ」などという独自ルールを作ります。本人は、それが独自ルールだという認識がないことが混乱を生みます。その人にどのような独自ルールがあるか他人からは、ほとんど分かりません。独自ルールがあると行動がおかしくなるため変な人に分類されることになりがちです。独自なものを創造するのは良いですが独自ルールに問題があっても、正しいことだと思い込んでいたり独自ルールである認識がありません。独自ルールが問題を引き起こすことは多いです。

 さて、ところどころ当てはまる人もいれば、すべて当てはまってしまうようなある意味すごい人もいるかもしれません。大人になってもこういう面が残ってしまっている人は遅かれ早かれ人生がうまくいかなくなります。そしてそれが心の病の発症の種になっていたりするのです。

 大事なことは、自分の中のそのような要素の影響で、人生上の失敗やトラブルに見舞われた時に、いかにそれ(上記の未熟なポイント)に気づいて自己修正できるかです。「自分というものは変えられない(どうせむり)」と思ってしまうと変えられるものも変わらないのですが、実際には、変えられるかもしれないと「希望や願い」を持ち、意識していけば、人は十分変わっていく(成長できる)ものです。

 しかし、どこを修正すればいいのか、そのポイントにちゃんと気づける人が少ないことに加え、見た目やうわべばかり気にして、自分の人格的成長(豊かさ)を願い続ける人が少ないだけなのです。単純な方法ですが「どうか私をより良い方向へ成長させて下さい」と素直な気持ち(ここ大切)になって祈ること、これは、コツコツと続けさえすれば、案外効果があります。祈りは人間が発見した、誰にでもできる最良のイメージトレーニングなのです。