
精神医学や心理学ではよくストレスケアの大切さが言われますが、大切なのは単純にストレスを排除するという視点ばかりに注目するのではなく、一見ストレスに感じることの中に、意味や価値が「隠されている」場合があるという視点を持つことです。
人は意識をしているかしてないか別として、人とのつながりがあります。
ある山の中に仙人のような人がいました。人と会うこともなく一人自給自足の生活です。その人の生活や人生は一人で完結しているように見えました。街の人が訪問しても嫌な顔で追い払い、まるで他人をストレスだと思っているかのようでした。
ある時、その近くの町が集団で遠くの町に引っ越すことになりました。
すると、その仙人のような人も、その新しい町の近くの山に引っ越してきたそうです。
人と会うことはなくても、町の人に、「あの山には仙人のような人がいる」と思われていると思うことが、彼の人とのつながり方だったのです。
また下記のような興味深い話もあります。
イワシ漁で、イワシを船の生簀(いけす)に入れて港に運ぶまでに、イワシが全部死んでしまう船がほとんどのようです。
ところが、一隻だけ、生きたままのイワシを運ぶ船がありました。
その秘訣は、生簀の中に別の仕切りをしてそこに一匹のナマズを入れておくことでした。
ナマズが動く気配でイワシが良い意味で緊張し、港まで生きているということでした。
このサイトでは「試練は訓練」でもあると表現していますが、人はたとえそのようなストレスに見えるようなことであっても、訓練としての意味と価値に気づく時、次のステージが用意されていき、最終的にはすべての豊かさに導かれていきます。
しかし、多くの人がうまく生きれない(うまく回復できない)と感じるのは、その「隠されている」意味や価値に気づけないだけなのです。ところが一度このような気づきに自分の目が開かれていくと、他のいろんなことにも意味や価値があることが分かっていきます。そして、どう生きればいいのかということのヒントも、チャンスも、すべてそこから学んでいくようになっていけるのです。
コメントを投稿するにはログインしてください。