
結論から先に述べれば、少々きつい言い方になりますが、組織化された宗教はどれも似非(えせ)信仰、つまり信仰とは似て非なるつまり真の信仰の偽物であるのでしょう。(私が属している精神医療、精神医学会にも同様に似非科学だと言っておきます)
この場合、信仰とは神(天)とともに日常を生きる、つまり古代人が言語や自意識を持つ以前に、ただアウェアネス(気づき)に基づき、ジュリアン ジェインズ風に言えば「人間としての左脳心が神としての右脳心とともに歩んでいた」生き方にルーツを持つものであり、そのような生き方が人類を繁栄させるに至った源流であり、現代人の心や意識の中にもその痕跡を示すものである。そして、自然に天命を生き、人生を充実して豊かに全うする人々の多くが持っている感覚である。
ここで本物とは「最初に作られた良いもの、人を自由にするもの」、偽物とは「後から作られた人を惑わすもの、人を縛る(自由に生きさせない)もの」と理解するとわかりやすいと思う。要するに、ジュリアン ジェインズの言う神々が沈黙した時代、つまり言語と自意識(自我意識、自己意識)の急速な発達が起きた時代に、右脳を無視して左脳だけで、いわば自己中心的に(逆に言えば共存共栄のマインドを無視して)作り出したものであり、都市国家出現とともに人を管理する(縛る)ために生まれたようなものである。
つまり、宗教は、たとえ新興宗教であれ、歴史が長いから本物っぽく見える既存の伝統宗教であれ、本質的にみれば偽物だということである。それが証拠に、宗教は自己の組織に人を縛ろうとする、世の中のため人のために生きるより宗教組織のために人を動員する(働かせる)、人(師・組織)や物(偶像・お札など)に依存させる、理想主義や完璧主義に陥りやすい、幹部になればなるほどとても立派なことを言うが、実は内心、頑なで形式的で、組織内部での序列を気にし、組織のために行動することが多い。(まるでどこかの会社みたいですね)「宗教と信仰の違い」「本物と偽物の違い」、これらがわかってくるだけでも人は自由になり生きやすくなっていきます。
コメントを投稿するにはログインしてください。