
意味のない仕事は疲れるといいます。人生も同じことです。
慢性疲労症候群という原因不明の病気もあり、神経系、免疫系、内分泌系などとの関連も示唆されていますが、現在では「心」の病気にも当てはまらず「身体」の病気にも当てはまらない、なんとも不思議な病態です。いわゆる疲労が蓄積された慢性疲労とは別のものなので、慢性疲労症候群という名称も誤解されやすく、改名したほうがいいのですが、現時点でコンセンサスは得られていません。
ただし、おそらく上記の症候群として定義されるような症状にいたるルートや背景は複数あるのでしょうが、仕事や人生に意味や価値を見いだせなくなって長い間生きてきた人にもほとんど同じような症状が出ることがあります。一番の背景にはそのような生き方があって、その上にさまざまな要因が引き金となって発症しているのかもしれないと見ることもできるでしょう。今後、個人的には人間の霊性と精神神経免疫学との関連がもっとも重要なテーマではないかと考えています。
さて、話は変わって、、、
穴を掘って、その穴を埋め元に戻すを繰り返すことは拷問と同じといわれます。精神的にも肉体的にも疲れます。人間は意味のないことに苦痛やストレスを感じるように出来ています。
また、自覚があるなしに関わらず、仕事をするフリは、意味を見いだせないか、あるいは責任ある仕事をしたくないことが原因のことも多いです。過失がなければ責任はありませんが仕事をしてなかったり、意味がわからず仕事をしている自体が重大な問題です。たとえ小さなことの繰り返しでも意味がわかっていれば疲れません。
たとえば、お客が来ない雨の店番の日に、時間をつぶすだけの人は奴隷マインド度が高いといえます。同じ給料なら、できるだけ何もしないのが得という奴隷の考え方です。自主性があれば、空いた時間に意味を見出したり、どんどん新しい創造的な仕事をこなすので、スキルも報酬も上昇します。
自主性があれば、雨の日の暇な店番をしていいる間に売上を上げる策を練ったり、未来を創ろうとします。自主性があって前向きに働くとほとんど疲れないか、たとえ疲れても心地よい疲れであり、充実感があり、ぐっすり眠れます。
自主性がないと、無駄に疲れる上に、さらに能力・知恵が衰退します。仕事のできない人の原因の一番は自主性がないことです。仕事の意味を深く理解できず、言われたことだけをこなす働き方はもうやめたほうがいいでしょう。人生に実りがなくなっていきます。
人は使命に進む時、充実感があり、豊かで幸せになります。
疲れにくいですし、疲れたとしても心地よい疲れです。
世の中を永続的に良い方向に変革することが使命だからです。
あなたの気づきや覚醒を皆が待っているのです。
国の政策としての働き方改革の現状は「ワーク・ライフ・バランス」の尊重であり、この言葉も最近では広く流行してきています。しかし、これは単なる「働きすぎ改革」に終わってしまうことを懸念しています。
実際にはまず第一に「マインド・セット改革」という観点から入ることで、自然に仕事と家庭生活のバランスは取れていくものであり(両方の大切さがわかるのが王様マインド)、また企業も「使命経営」を大切にすることで、単に利益追求型のサービス残業の強制などしなくても生き残れる価値ある企業に成長していくことがデフォルトだからです。
サナーレ・グループ(山と街)も今後、さらに覚醒していくために、一歩一歩前進していこうと思っています。
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