
多くの人は、精神科医は病気の専門的診断ができるから同時に良い治療もできるのだろうと思っているかもしれないが、それは大きな誤解である。というより診断は患者のためにあると言うには程遠く、単に医師の仕事をしやすくするマニュアルに過ぎない。つまり、医師と医療関係者のための一つのツール(道具)である。
それが証拠に、①診断基準は各医師間での診断のばらつきを無くすためにあるが、バラツキがなくなることと個別の治療成績が向上することとは相関性は低い。つまりバラツキがないことと治療効果とは別の次元の話である。②診断基準は幾度も変更され、近年では○○スペクトラム障害として疾患ごとの境界を曖昧にし、わかりやすくなったのかわかりにくくなったのかがよくわからない改変が行われている。いわゆるディメンション診断(多元的診断)への移行である。
多元的診断とは、各疾患のスペクトラム(連続体)を想定して、各精神疾患・パーソナリティ障害・発達障害の重症度(レベル)を「パーセント(%)表示」で示そうとするものである。これがまた患者や家族をかえって悩ませる。「あなたは○○%の○○○障害です」と言われても困ってしまうのである。人によっては例えば5%であっても気にする人もいれば、50%でも「それがどうした!」と開き直れる人もいるだろう。実は私も、診断にこだわる精神科医の仲間、いわゆる専門家を見るとついその人に向かって「それがどうしたんですか?(それでどうしたいんですか?)」と言いたくなってしまう。
前置きが長くなってしまったが、何をするにせよ、「動機」と「実(成果)」が重要なのであり、そして、単なるスペシャリストとプロフェッショナルの違いはここにある。(おまり大きな声では言えないが)精神科医にはスペシャリストは多くてもプロフェッショナルは少ない。そもそも医学教育がスペシャリストを養成するだけに終わっていた時代が長く続いていた。医師の質の低下が叫ばれ、臨床研修制度が発足しても、単にジェネラリスト(総合臨床医、多くの臨床科を浅く広く診療できる人)の養成に終わっている現状がある。決してプロフェッショナルはそれだけでは育っておらず、そのような改革自体が的外れだったのではないかと思う。
大事なことは次のことである。そして、これはどんな分野にも言えることでもある。
いわゆるスペシャリストは問題点を指摘出るが机上の知識であり、専門分野の中の定型業務しかできず、本質的な改善提案が出来ない。そもそも、問題解決は自分の仕事ではないとさえしてしまう。そうなるといつも問題に向き合うことをしないので自ずから持ってる知識は古い知識になりやすい。
一方、プロフェッショナルと呼ばれる人々は実践的知恵を持つとともに周辺知識も持っており、問題の本質を考え改善提案が出来る、つまり応用が効くのである。分野が違っても問題解決を提案できる、つまりプロに教えることが出来るのである。いつも問題に向き合っているのでその人の知識や経験、そして改善提案は最先端である。
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