生き方モデル

世界で一番恐ろしい病気、それは孤独

 世界で一番恐ろしい病気はなんだろうか?この世にはさまざまな難病や悪性腫瘍あるいは致死性の高い病気は存在する。しかしそれらは、それこそ世界中の専門家や支援者がその原因や治療法の開発に向けて努力を続けている。そういう意味でそれらはいつかきっと解消されると考えうる。
 しかし、一方、孤独はどうだろう?それは病気ではないと言う人もいうかもしれない。それでも、孤独というストレスがさまざまな病気の発症や経過に関与することを否定できる人は少ない。しかもそれは目に見えない影のようにこの社会にはびこっている。
 厚労省は平成21年、地域福祉推進市町村が実施するモデル事業「安心生活創造事業」を実施し、それは「悲惨な孤立死、虐待などを一例も発生させない地域づくり」を目指し、例えば一人暮らしや夫婦のみで暮らす高齢者や障害を持つ人などの世帯などであっても、誰もが住み慣れた地域で安心して暮らせるよう支援しようというものであった。しかしながら、この取り組みは当時の社会問題化していたいわゆる孤立死を防ぐという観点が主であり、「精神的孤独」にはあまり着目されていなかった。しかし、これからの社会で本当の意味で着目していく必要があるのは「精神的孤独」ではないだろうか?
 そもそも孤独には「社会的孤独」と「精神的孤独」があり、ここで2つの調査結果を紹介しておく。

ロンドン大学のAndrew Steptoe氏らが、50歳以上のイギリス人6500人を対象に、社会的および精神的孤独の程度とその後7年間の生存率を調べたところ、社会的孤独とされた人はそうでない人より26%も7年生存率が低く、精神的孤独とされた人には、そのような傾向はみられなかった。一方、シカゴ大学のJohn Cacioppo氏によってアメリカ科学アカデミー紀要電子版に発表された論文では、社会的に孤独かどうかには関係なく、精神的に孤独な人の方が早死にする傾向が認められたとのこと。ただしこれも単に生存率を見ているに過ぎない。

 

 とは言え、このような食い違う結果をどう考えればいいのだろうか。いろんな解釈が可能であり一概には言えない。例えば、多くの精神的孤独は社会的なつながりによって緩和可能であるが、ある種の精神的孤独は社会的なつながりの有無には関係がない可能性がある、社会的に孤独であっても精神的に孤独でない人の生存率は高い、あるいはそもそも社会的つながりは量というより質の問題である可能性があり回答者や調査者の視点によってバラツキが出ている可能性がある。
 厚労省ではその後、震災の影響下で「絆」が叫ばれる中、「社会的包摂」という理念を前面に据え、平成24年度より「社会的包摂ワンストップ相談支援事業」を開始した。それは、生きにくさ、暮らしにくさを抱える人々に対して、いつでも、また、全国どこからでも、電話による相談を受けて悩みを傾聴するとともに、必要に応じ、面接相談や同行支援を実施して具体的な問題解決に繋げる支援事業を実施することにより、社会的包摂の推進を図ることを目的にするものである。
 わたしは、もちろんこのような取り組みが問題解決につながってほしいと切に願っているが、先にも述べたように社会的つながりによっても解消しにくい精神的孤独があることをふまえる時、単に社会の側が当事者を包摂する仕組みやつながりを用意するだけでなく、あるいは当事者が社会の側からの寄り添いを待つだけでなく、そこに、共に豊かになるという「生き方」を支援するという視点を合わせ持つことが、今後、最も大切ではないかと考えている。