生き方モデル

いつも「喜んでおく」

 昨今、障害者雇用の水増しというニュースが注目されましたが、雇用する側にも雇用される側にも「働く」ということの本質が理解できていないとその環境は広がってはいきません。その本質は何なのでしょうか?

 たとえば、今の仕事は苦労が多く面白みが少ないとか給料も安いから嫌だと思って、ブツブツ言って仕事をしている人と、たとえいろんなことに問題はあるにせよ、いつも仕事そのものを喜んでやっている人では、仕事の結果も、成果も、評価も違ってきます。

 ブツブツ言う人は、褒められたいという承認欲求が強いです。褒められたいという承認欲求は劣等感の現れです。承認欲求は次のようなステップとなります。

劣等感がある
 ↓
優越性を求める
 ↓
優越感を得る(劣等感を埋める)ために他人に承認を求める

 承認を求めるのは「与える」の反対で承認や賞賛を「ねだる」ということです。頑張っている自分を認めて欲しい!ボランティアをしているから褒めて欲しい!他人よりよくやっているから凄いと言って欲しい!などです。それがすこしでもかなえられないと「私は傷ついた!」「わかってくれない!」と被害者モードになり、そして貧困へと堕ちていきます。

 認められたいという承認欲求を無くすにはどんな時も自己受容することが大切です。自己受容とは、「ありのままの自分を受け入れる」ことです。人は自己受容度が低いと「苦労することが良いこと(美徳)」となりがちです。

 苦労して得ることで、「頑張っている自分は偉い」という自己受容感が満たされるからです。

 それは真の喜びではなく、「自己満足」でしかないのです。

 つまり、自己受容度が低いと自己満足の方向に向かい、相手の立場で考えることができなくなります。人は自己受容度が低いと「自分がいないと仕事が回らない状態にする」「大事な仕事は他人には教えない」となりがちです。自分が相手より上に立とうとするからです。

 使命はチームで行うものなので、その反対方向です。

 使命のチームを壊すことは、天の祝福から遠ざかることになります。何をすべきかではなく、つまり頑張って何かを成し遂げようではなく、認めてもらいたいから~するでもなく、一番大切なのは「子供のように、素直に、笑顔でいること」であり「遊びと仕事と社会貢献が重なり合う」ところにいつもそれを感じられることが大切なのです。

 子供のように、素直に、笑顔でいること、自己受容し、「いつも喜んでおく」ことで、他人から与えられるだけではなく天の祝福も与えられるからです。

 天が人間に最初に願っているのはそこであり、つまり、一番重要な人間の存在のあり方がそこにあるのです。