生き方モデル

自己成熟への通過点

 診察をしていると時々、患者さんやご家族から「自分を変えるにはどうしたらいいですか?」と聞かれる。そういう時はたいてい「気づきが大切なんです」と答えることにしている。そういうと一部の人は次に、「どんなこと(何)に気づけばいいのですか?」と聞いてくる人もいる。何かすごいヒントやワラをもすがる思いかもしれない。そういう時、短い外来の診察の時間でそう簡単にもいかないが、少々ハードルが高いかなと思っても私は次のように言うことがある。

1、自分に関することであなたの見たくないものはなんですか?それを一度ちゃんと見るようにしてみませんか?
2、自分に関することであなたの聞きたくないこと(言われたくないこと)はなんですか?それを一度ちゃんと聞くようにしてみませんか?
3、自分に関することであなたが受け入れたくないもの(認めたくないもの)はなんですか?それを一度ちゃんと受け入れてみませんか?

 これが出来ればそこにはきっと「気づき」があるでしょう・・・という意味である。逆に言えばこれが出来ないので人はなかなか変われないのである。
 もちろん、私も一緒にそのお手伝いをさせていただきますよ、お気楽にやってみませんか?と伝えるのだが・・・しかし、ここでその後の反応は2通りに分かれることが多い。

1、そんなことが出来ているなら今頃わたしはこんな苦労はしていません!!
2、なるほど、やっぱりそうなんですね。今はよくわかりませんが、自分でもちょっと考えてみます。

 そして、そこから、その後の診察の内容に、少しづつ差が出ていくことになるのである。カウンセラーほど時間を十分取れないことの多い精神科医にとっては、小さいことの積み重ねが大切になるが、「自分を変えたい」とは言うものの、本音(動機)の部分で、単に「現状の自分を支えて欲しい人(変わりたくない人)」なのか、真剣に「自分の未来を変えたい人」なのかの違いが出てくるのである。

 さて、これと同じようなことは昨今の職場の人間関係にもよく見られる。

 近年、伸びていく人と伸びなくなっていく人の二極化が見られるが、その原因の一つに人間関係での受け止め方の問題がある。人間関係の問題といっても、たいしたことではなく、ちょっとしたその人の精神性が背景にあることが多い。つまり、誰かに自分の意見が否定されると、自分自身が否定されたと思ってしまうことから、反対意見を言われただけで、自信を無くし落ち込んでしまうケースが多いのである。

 上司が、「全然ダメ」と言ってしまうと立ち直れず落ち込んでしまうので、あまり厳しいことは言えず、遠回しな表現しか使えなくなり、それが、結果としてさらにその人の精神力を弱くしてしまうという悪循環である。これは、

「自分」と「意見」
「感情」と「理性」
「人格」と「仕事」

を切り離して考える訓練ができていないことが原因である。

 今の日本では、特にこの切り分けができない人が増えている。これはただ「思考の訓練」で解決することである。

 家庭や学校で、きちんと正しい思考法を学んでおらず、それでも何でも、大切に大切に育てられてきたことなどから、ど真ん中から自分の意見を否定されたことが少なく、ちょっとした意見の否定でも、自分の存在の否定に聞こえてしまうのである。

 こういう人にも、冒頭の3つの訓練は役に立つ。つまりこれは、物事の本質をありのままに見て、聞いて、ありのままを受け入れるという、自然でニュートラルな生き方、成熟した大人として素直な生き方を取り戻すために一度は通る必要のある、大切な通過点である。